2025年2月10日 / 最終更新日時 : 2025年2月10日 jam-obasan 日々のあれこれ みなし仮設アパートに丸1年 契約の半分が過ぎました。友人、知人、家族に支えて貰い、過ぎた1年でした。何もない着の身着のままで金沢に辿り着いて。友人宅の1か月はアパート探し、支援所からいただいた下着、食器、レトルト品、カップめん、水、コンビニのパンな […]
2025年2月7日 / 最終更新日時 : 2025年2月7日 jam-obasan 日々のあれこれ 令和7年の年賀状は寒中見舞いを出すことで・・・ 主人のパソコンは2階の自室にあり、津波の難を逃れました。私のパソコンは玄関そばの一室にあって、フラワー工房の備品の発注、原材料の発注、ラベル印刷と使用していました。工房の全ての台帳、領収書類や出納帳など、引き出しケース1 […]
2025年2月6日 / 最終更新日時 : 2025年2月6日 jam-obasan 日々のあれこれ ブログが中断してしまった訳は 昨年10月に、被災して中断していたブログを再開しようという気持ちに少しずつなっていった。月日がたって、身体も少しずつもどって、友人からの問い合わせや励ましやらもあったりして。大丈夫?ブログやめたの?自分のためにもブログか […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ 珠洲の往来の拠点を作ること 珠洲の中心である飯田町に、私の叔母さんの家がある。叔母さんは、5年前に自宅で転倒して左肩骨折して以来、手術入院を経て、自宅に戻れず、そのまま施設に入居した。珠洲の施設では、私が保護者となりお世話をすることになった経緯があ […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ 次は、工房(納屋)の片づけ。 私のジャム工房、主人の陶芸工房。津波の威力、自然の脅威がまざまざと爪痕が残っている現場ではあるけど、見捨てるわけにはいかないという思いは強くありました。柱が折れ曲がる光景を何か所も見ても、月日が経ってくると何とかなるんじ […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ ボランティアの皆様の力で 水道も来ない中、、ボランティアの大勢のみなさまが瓦礫の撤去に取り掛かってくださったことは、私たち老夫婦にとっては百万力もの味方に思えました。夫婦で呆然と立ち尽くすことしかできなかった大きな瓦礫の壁でしたから。二日間で水浸 […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ この窯場を拠点にして 電気もない。水もない。集会場にも行かず、過ごせたのは、主人の陶芸の窯場があったから。寝泊りがかろうじてできるコンテナハウスと簡易トイレもあって助かりました。窯場なので薪は束が積み上げてあり、薪ストーブで暖を取り、小さなキ […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ あの日から1年が過ぎ・・・ その①金沢でのみなし仮設での生活は、二人の生活ができるだけで十分。足りないものは、気づいたときに補充していく形のもの。アパートのそばの支援センターへ出かけ、食料品(主にレトルト、ペットボトルの水、カップめんなど)、ペーパ […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ 金沢は別天地 主人の友人の知り合いの部屋が1か月ほど空くから来ていいよ!とのことで、繁華街の裏手にある町屋にお世話のなることに。 そんななかでも、次の日から主人と友人は、みなし仮設のアパート探しも並行して行う。 発災の直後でもあり、金 […]
2025年2月3日 / 最終更新日時 : 2025年2月3日 jam-obasan 日々のあれこれ ボランティアさんの存在と助けがあってこそ! 金沢での間借り生活の1か月は、珠洲も変わらない北陸の雪国の生活で、一間での深夜、眠れず隣の主人を見ると天井を見て目を開けている。 私の体調も酷くなっている。日常生活も辛く、気持ちも落ち込んでくる。 ドラッグストアでの薬も […]